大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和29年(オ)751号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鍛治利一、同井上英男の上告理由第一点について。

記録によると、上告人は原審で、第一審判決物件目録記載の土地四七筆一六五町七反六畝一二歩(以下(乙)本件土地一六五町余又は単に本件土地と呼ぶ)の中の三二町九反二畝(以下(乙)A本件開墾予定地三二町余と呼ぶ)だけについてはこの部分が開墾予定地として買収されたものである旨を主張したが、(乙)本件土地の内これを除いた残地一三二町八反四畝一二歩(以下(乙)B本件残地一三二町余と呼ぶ)についてはそれが開墾予定地として買収されたものであることを主張せず、かえつて、それが本件開墾予定地三二町余のための附帯地として買収されたものであることを前提として、右三二町余のための附帯地としては五倍に相当する過大のものであり、仮にそれが原判示大鳴石地区開墾地二二三町三反五畝六歩(以下(丙)大鳴石開墾地二二三町余と呼ぶ)に対する附帯地としての買収であるとしても過大であり、これは不要の土地を同法三〇条を濫用してなした無効の買収であると主張したに止まるので、原判決は先ず(乙)A本件開墾予定地三二町余(開墾予定地として買収されたものであることについては当事者間に争がない)が開墾に適することを判示し、次に(乙)本件土地が(乙)A本件開墾予定地に対する附帯地として買収されたものでなく(乙)B本件残地一三二町余は初めから同法三〇条一項七号及び八号により(丙)大鳴石地区開墾地二二三町余及び(乙)A本件開墾予定地三二町余の合計二五六町二反七畝六歩に対する附帯地として買収されたものであることを認定し、しかる上買収土地が過大なりや必要なりや等の点について判断したのものであること明白である。すなわち、(乙)B本件残地一三二町は開墾不適地でこれを開墾適地として強行した本件買収は無効であるとの上告人の主張については、原審は証拠によりこれは開墾のためでなく右合計二五六町二反七畝六歩に対する附帯地(薪炭林採草地)として買収されたものであると認定し、そのゆえに開墾適地なりや否やの不要の判断をしなかつたのであつて、所論のような審理判断の遺脱はない。論旨は、原判決の認定に反し本件土地の全部が同法三〇条一項一号により開墾適地として買収されたものであるとの主張を前提として原判決を非難するものにほかならず、採用することができない。

同第二、第三点について。

原判決の認定によれば-大鳴石地区(以下(甲)大鳴石地区二八六町余と呼ぶ)は総面積二八六町八反五畝一四歩あり、それは三つの部分に分かれる。すなわち、第一は本件買収処分のあつた(乙)本件土地一六五町余(これは更に(乙)A本件開墾予定地三二町余と(乙)B本件残地一三二町余とに分かれる)、第二は(丙)大鳴石開墾地二二三町余、第三は(丙)大鳴石開墾地に対する旧来の附帯地六三町五反八歩(以下(丁)大鳴石旧附帯地六三町余と呼ぶ)である。ところで原判決は、大鳴石地区の開墾地につき標準農家の集約的農業経営のため必要な附帯地(薪炭林採草地)の面積は開墾地の五割八分を相当とする、従つて(丙)大鳴石開墾地二二三町余のためには(丁)大鳴石旧附帯地六三町余はとうてい附帯地として十分な面積であるとはいえない、と判断した上、しからば(丙)大鳴石開墾地二二三町余及び(乙)A本件開墾予定地三二町余の合計二五六町二反七畝六歩に対する附帯地として本件買収がなされた(乙)B本件残地一三二町余はこれらの土地の附帯地としては面積過大ではないかの点については、原判決は面積過大であると判断した、すなわち、大鳴石地区の開墾地二五六町二反七畝六歩に対し必要な附帯地面積を右標準(五割八分の割合)によつて算出すると一四八町六反三畝二三歩となるから、既存の(丁)大鳴石旧附帯地六三町余を差引いた残地八五町一反三畝一歩の面積を買収すれば足りる、従つて本件買収にかかる(乙)B本件残地一三二町余は右合計二五六町二反七畝六歩の開墾地に対する附帯地としては面積が過大であり、(乙)B本件残地一三二町余から第一審判決で本件買収処分の無効と認められた字石畦の山林一四町二畝一五歩を差引いた残地一一八町八反一畝二七歩でもなお面積過大である、と判断した。しかし、原判決は最後に、従つて本件買収処分は必要以上の面積の附帯地を買収したかしがあるといわなければならないが附帯地の買収面積がこの程度に過大であることは本件買収処分の重大なかしとは認められないから、本件買収処分を自創法三〇条の濫用として当然無効と解することはできないと結論した。以上のことは判文上明瞭である。

本件の場合に原判決が右開墾地及開墾予定地の附帯地として必要な面積を判断するにあたり所論三割の標準によらず判示の理由により五割八分の標準によるべきものとした点には失当があるということはできない、そして、この標準によつても八五町一反三畝一歩を買収すれば足りるのに本件残地(乙)B一三二町八反四畝一二歩(その内第一審判決で買収無効と認められた字石畦の山林一四町二畝一五歩を差引いた残地一一八町八反一畝二七歩でも)を買収した本件買収処分は、まさに必要以上の面積を買収したかしがある違法のものといわなければならないけれども、附帯地の買収面積がこの程度に過大であることのために自創法三〇条の濫用による当然無効のものであるということはできないこと原判決のとおりである。論旨引用の判例(昭和二五年(オ)三八五号同年四月二八日当小法廷判決)は自創法一五条一項の附帯地買収の相当性についての認定は農地委員会の自由裁量事項ではなく委員会が同法一条の目的に反する判断の下に必要と認められない土地の買収を相当と認めてなした買収処分は違法である趣旨を判示したものであつて、右の違法が買収処分の当然無効の原因となることを判示したものではない。従つて原判決の判断は右判例と相反するところはない。論旨は本件買収処分が憲法二九条一項に違反するというけれどもその実質はその違法ないし自創法三〇条濫用による無効の主張にほかならない。論旨は理由がない。

同第四点について。

原判決の判示するように、本件残地(乙)B一三二町余が附帯地として買収に適するものである以上 所論のように近接の国有林があるとしてもこれを解放しないで本件残地を買収した処分が直ちに当然無効となる訳のものではない。論旨は経験則違反をいうけれども、原判決が挙示の証拠により判示のとおり判断したことには所論のような違法はなく、又、証拠の取捨を非難する点は採用することができない。

上告代理人井上英男の上告理由(追補)第五点について。

原判決の引用する第一審判決によれば、被上告人知事は判示農地委員会の本件土地買収計画決定について上告人の父元太郎がした訴願を棄却する裁決をし、裁決書の謄本を県の文書課を通じて元太郎宛書留郵便で発送した後、本件土地買収処分をしたという事実を認定しているのであるから、これによれば訴願棄却の裁決自体はすでに成立を見ているのであつてかような事情の下で右裁決書謄本の到達が認められないことは本件買収処分を違法ならしめるかしとはなるがこれを当然無効ならしめる原因となるものではないということができる。されば第一審判決が判示の理由により本件買収処分を当然無効としなかつたのは結局正当でありこれを是認した原判決には所論のような失当なく論旨は理由がない。

同第六点について。

原判決は、本件土地の買収が所論奥地林の経営をも不可能にし若くは上告人の林業経営に致命的打撃を与える事実は認められない、本件土地を利用しなくても材木の搬出も可能であり奥地林の経営には支障がないことが認められる、と判示しているのであるから、上告人の所論奥地林経営に或程度の不利益を与へてもそれだけで買収が自創法三〇条を濫用してなされた当然無効のものということはできない。論旨は憲法違反をいうけれども実質は買収の違反ないし無効の主張にほかならず採用するに足りない。

同第七点について。

原判決引用の第一審判決の判示によれば、本件買収処分の目的物たる土地は一筆の土地の一部を画して特定されたものではなく、すべて公簿上の地番、地目、地積により各筆の全区域について特定されたものであることをうかがうことができる。かような方法により目的土地が特定されている以上、非買収地域と境を接する各筆と非買収地との境界線がその当時具体的に明確を欠いていたとしても、又、買収地域の実測面積が不明確であつたとしても、買収目的土地が特定しないということはできない。論旨は違憲をいうけれども実質は買収目的地の不特定不明確をいい本件買収が自創法を濫用したものであることの主張にほかならず、採用することができない。原判決には所論の違法なく論旨は理由がない。

よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例